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​どの子も安心して過ごせる

名護をつくりたい

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名桜大をめざしたのは
困難を抱える人たちを支える両親の姿を子どもの頃からみてきて、将来は人の役に立つ仕事をしたいと思っていました。
高校時代に看護師になることを決め、進学先を調べる中で名桜大学を見つけました。
名桜大学は看護師資格もとれ、広く教養を身につけることができる。さらには地域社会とも積極的に交流できるとわかり、自分の気持ちにぴったりでした。
入って本当によかったと思っています
大学卒業後、名護に残ったのは
大学時代に地域の医療機関での実習や、ボランティアサークルで地域に入って健康診断をしたりする中で、いろいろな困難をかかえている方々とたくさん出会いました。自分のことだけでも大変なのに、まわりの人たちを思いやる名護の皆さんのあたたかさ、優しさに触れたのは、その後の人生を考えるうえで大きかったです。
地域のみなさんを少しでもサポートできたらと、卒業後は、市役所の健康増進課に勤めながら、大学院での勉強を続けることを選びました。
なぜ日本共産党か
日本共産党の職員だった父は、休みの日もほとんど家にはいませんでした。高校生のときに、日本共産党を相談相手にしている青年団体(民青)に入り、日本共産党の事務所にも顔を出すようになって、父が地域の人たちからいかに信頼されているかを実感しました。子どもの頃、毛布や服が家から消えていくことがありました。生活が大変な人たちに、父がもっていっていたと、後でわかりました。
そんなふうに困難を抱える人たちに寄り添い支える生き方がしたいと、18歳になったときに入党しました。
新基地建設問題について
市長選では若い仲間がこれだけ立ち上がったのに、稲嶺市長再選を勝ち取れず、本当に悔しかったです。
結果が出た後に、赤嶺政賢衆院議員が語ってくださった「あきらめないのが、沖縄の心」という言葉は、忘れられません。
『オール沖縄』を前進させて、新基地建設をストップさせるためにがんばります。
 
議員になってしたい仕事は
経済的に困難を抱えると、その矛盾は子どもたちに集中します。子どもに責任はありません。どの子も、学校でも自宅でも安心して過ごせるような、子育て支援をすすめたい。通学路の安全や防犯など、子どもたちを守る施策もすすめたいと思います。
新基地建設反対はもちろん、子どもの医療費無料化の拡充や国保料の負担軽減、教室へのクーラー設置など、稲嶺ススムさんや具志堅徹さんなど日本共産党がすすめてきた実績をしっかり引き継いで、がんばります。
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